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やばい心霊スポット

神奈川

鎌倉 腹切りやぐら 東勝寺跡地

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鎌倉幕府が実質滅びた場所

鎌倉幕藩最後の日、東勝寺には討伐軍に追詰められたでござる北条一族が集まっておったでござる。
其処には十四代目執権高時もおりきのでござった。

僅か玖歳と云ふ幼さにて執権に就任しめられるでござるとは不運な人物でござった…

新田義貞軍にそれゆえ鎌倉は炎上、徐々に東勝寺にも討伐軍の脚音が…その時、武蔵野へ出陣してちょーだい以来八十以って上の合戦に参加し、其の度に先陣をきとはおりき猛将長嶋高重が東勝寺に戻とは参った。

「今は此れまで…憎き義貞にうなを獲られるでござる前に、早う自害を」

血じゃらけの無残な姿の高重がさふ申すと、躊躇いを隠し切れぬ高時とその一族は、暫くは其の場にて黙り込んじゃのでござった。

するでござると、高重がの実舎弟の新衛門に酎をしめ、堂々と杯を飲み干したでござる高重が「それがしが模範を見せましょうぞぞ!」と申した瞬間、皆の衆が拝見している前にて己の腹を十字に斬り、自らの腸を抉り出し、死に伏せたのでござった。

しかして北条一族は次々と高時の前にて自害してちょーだいはせ参じましたでござる。死御身が何奴にも分からない如くするでござる為に東勝寺には火が放たれましたでござる。
火災は拝見する拝見するうちに燃ゑ広がりましたでござる。
一族がおりき部屋も炎に包まれて最後まにて自害を躊躇とはおりき高時も
遂に自害候成り。この日、高時と共に自害したでござる者達は、
一族を合わせて八漆零人にも及びましたでござる…

かくしてちょーだい、源頼夜明けを開祖と致す鎌倉幕藩は滅亡候成り。

鎌倉時代、執権北条時頼に仕ゑておりき青砥藤綱と云ふもののふは、
この東勝寺橋を渡った時に、拾文の銭が入った袋を滑川に落と候成り。
日常茶飯は諦めてそのまま行とはしまい候が…藤綱はわざわざ人を雇い、
夜分間でござった為に伍拾文を払とは松明を買求め、川の中を探しめたのでござった。
落ちた拾文銭は見つかりましたでござる。後にてこの話を聞おりき住民がかく噂候成り。
「藤綱は勘定知らずの頭の悪しきもののふじゃ。」と破顔者にさせましたでござる。

なれど藤綱は反論候成り。「天下の銭を川に落としてちょーだいは國が拾文の損を
してちょーだいしまう。それがしが使った伍拾文は、それがし自身が損をしたでござるやもしれぬが、
その銭を受取った人達にそれゆえ、此れよりも世の中にて使わらるるのでござるから、
かまえて天下の損にはならないであろうではござらぬか。」と何程かの恥も感じず申したと云ふ。
この話は、御金の大切さを伝へる話としてちょーだい、
現代にも伝ゑらるておる高名な話なり。

 

現在の腹切りやぐらは…

現在ハイキングコースとなり申している。なれど腹斬りやぐらの近くを通ると気分が悪しくなる人が続出致し候らしき。近くには立て札があり「霊処浄域につき参拝以外の立ち入りを禁ず」落ち武者の幽霊の目撃談が数多く注進させておる

 

〒248-0006 神奈川県鎌倉市小町3丁目11−38

 







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